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アートの呪い

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「コンプレックス産業」というものがある。
消費者の劣等感や不安感を解決する事で対価を得る商売だ。

美容整形のクリニックはわかりやすい。
ダイエット関連のビジネスもわかりやすい。
健康保険やがん保険もそうだ。
健康食品やサプリメントもそうだ。

自分が他人と比較して劣っているかもしれないという恐怖が、購買意欲の原動力になっているという理屈である。

ざっくり言ってしまえば、このコンプレックス産業を支えるのは、現代人のが抱える「不安」や「恐怖」や「劣等感」。

広告としては、脅して、よりビビらせる。
消費者により不安感を与えることで、需要を増やす。
それを解決して、金をもらう。
ビジネスモデルとしては非常に明快だと思う。

オイルショックとかさ。
あれ、広告戦略だったとしたら凄いよね。

つまり「不安」や「恐怖」や「劣等感」は、金になるってことだ。なおかつ、これらの「不安」や「恐怖」や「劣等感」というものは、いつの時代も絶対になくならない。故に安定した商売の形でもある。


宗教の仕組みもこれと同じだよね。

具体的な「恐怖」は敵がはっきりしているから、金で解決できる。
でも、抽象的な「恐怖」というのは、敵が何だかわからない。
ああ、神様。 ってことかな。


言葉を書く、文章を書く、誰かと話をする。
こういった言語での表現やコミュニケーションって、抽象的なぼんやりしたものごとを、いちいち具体化しなければ成立しないものであり、結果的に具体的にならざるを得ない。
これは、とっても大切なことだと思うのだ。

抽象的な恐怖に名前をつけてやることで、具体的になる。具体的に敵の名前がわかり、輪郭がわかるようになる。
そいつを倒すためには、いくらかかるんだ?っていうプロセスを経て、ようやく問題解決する。

一方、抽象的な恐怖や不安に対して、具体的な儀式を行い続ける事で麻酔の効きを持続させるのが、宗教的な問題解決のアプローチだ。
これは凄い芸当だ。なかなか出来るもんじゃない。


「アート」というものがある。
この「アート」なるものを志した人は、一握りの人間を除いてほぼ確実に「呪い」にかかる。「アートの呪い」だ。

「アート」を信じ、深く傾倒した人ほど、「アート」にしか自己実現の対象を見つけられなくなってしまうのかもしれない。そういう人はどうなるかというと、「生活」というものが敵になってしまうのである。

「アート」VS「生活」という対立構造だ。
つまりこれは「抽象的な実存」VS「具体的人生」ってことだ。

生活という日々の営みが自分のアートの足を引っ張るという考えに陥る「呪い」だ。
「これは本当の自分じゃないんです。」とか言って。


ばかばかしい。


「アートの呪い」と比べれば、
金で解決できる恐怖を抱えている事や、
妙な信仰によってだまされ続ける事の方が、
よっぽどわかりやすくていい。


よくわかんない不安には名前をつけてやれ。
そして、それを具体的に金で解決しろ。


私は最近、長年持ち続けた不安やモヤモヤに名前をつけました。
それが「アートの呪い」という名前です。

私は今、この呪いを解く事を人生の命題にしています。

「ロードオブザリング」の指輪を捨てる旅、みたいな感じで
いわば「アートを捨てる旅」という感じね。

なんか、美大とか芸大とか行った人で
こういう人多いと思う。

補足とコメント

もちづきのコメント
言っていることがよくわかった!
最近わたしもよく考えていた、こういうこと。
イーゴンのコメント
「アート」も「生活」も楽しみたいので、
どちらも「呪い」に邪魔されたくないんだよね。
イーゴンのコメント
「アートの呪い」を解きつつも、
「ステータスの呪い」や、
「マネーの呪い」にもかからないように
すり足で慎重にやってます。
もちづきのコメント
この各種呪い達は、外部から入ってくる呪いのようで
実は我が我にかけている呪いなわけですよね。
生活は足をつけて。
アートは足を浮かせて。
的な!

▼コメントちょうだい。




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