思い出迷子対策運動の一環です

▼「イーゴンスクラップ」は、思い出迷子対策運動の一環です。


都会のミミズ

気が付けば、コンバースの靴ヒモは両足ともほどけてしまっており、早足で歩く私の足元はかなり自由な暴れっぷりでございました。
こいつはいけねぇ、と、往来の盛んなコースを外れて道の端っこにしゃがみ込んで靴ヒモを結び直した次第でございました。
すると、目の前のつま先あたりに都会には珍しく、ミミズが一匹這いつくばっておりました。
大きくも小さくもない都会のミミズ。
土の気配など何処にもない。このあたりで最も「自然」に近しいものといえば、いつもの定位置で演説を叫ぶ、ベテランのホームレスの方でありましょうか。
「テントだけあっても駄目なんだ!テントを張る場所がなければならない!人生とはそういったものである!ユー・アンダースターン?」
私には難解でうまく理解できない説話を、彼は叫ぶ。いつも叫ぶ。
そんな過酷なアスファルトな環境に、ミミズが一匹。

私は田舎の子。虫もミミズもヘッチャラなので、なんだか懐かしさや親しみを感じて、そのミミズをヒョイとつまみ上げてみたのです。

やきそばでした。
ソースやきそばの麺でした。

都会でミミズを見たら、やきそばと思え!
ユー・アンダースターン?


夏のおしまい、とその後

今年の夏も、はい、もうおしまい。
てな具合の速度で、センチメンタルに過ぎ去って行くのです。
そう。例年通りですね。

さて、また今日から仕事漬けのハードデイズナイトが再開されるわけですが、その前に、ちょいとメモを残す事にします。
この夏の帰郷で得た事や感じたもので、これからも大事にしなきゃと思う事。

▼僕のふるさと新潟のメモ

新潟発のエレクトロニカ・リバイバル。局地ゆえの異形の進化を引き受けるのか!?
音楽啓蒙活動として、または、海外マイアミのアーティストとの連携をベースに、点在する国内外の局地のネットワーク化による、いわゆる「東京」を持たないカルチャーが、いよいよ生まれるか?
マニアックでもこの際いいかもね!「レッド・レース・ライオット」。

開発と衰退の二極化が進む市街地の愛すべき「衰退側」にて、使い道のない二束三文で借り受けた老朽長屋をリノベーションして、見よう見まねで店を出している。
アートギャラリー「N7」
レコード屋「シャビーシックポエトリー」
インディ感全開のユルい店だけど、やはりココにもなぜか、世界的にも希少なお宝コンテンツが並んでいる。

以上、
こだわりを持って、楽しい商売をして欲しい、と思った。
がんばれ!

盆レポート02

午前中の夕立ちめいた大雨も止んだ頃、お義母さんの切ったスイカを食べてから妻の祖父母の墓参り。

夕方、街のシネコンに行って「なんとかなんとかのポニョ」を見に行った。
親子連れがたくさんいた。カップルもいた。
おどろいたのは、こんな街にも、ガッチガチのギャル汚や、今にもレゲェダンスしそうな女達がいるってこと。
そんな連中と一緒に「ポニョ」。
とても面白かったです。

盆レポート001

昨日の夜から、地元の新潟に帰郷しております。
妻の実家でビールのんでゴロゴロしてます。

今朝はひどい雷雨の轟音で目を覚ましました。
今日は一日中雨でしょうかね。
こんな天気の憂鬱と退屈の極まる前に、もうビール飲んじゃおう。朝ビールだ。
あと、五輪だな。
がんばれ。にっぽん。つってね。

つづく

ハチ公再考



先日、渋谷のハチ公の前で、人と待ち合わせをした。

今まで私は色んなところで待ち合わせをしてきたが、
「ハチ公の前」で待ち合わせをした事がなかったので、
ある種の童貞を、またひとつ捨てる事ができたのではあるのだが。

「ハチ公」の周りにはおびただしい人が待っており、
逆に、ハチ公はどこだ!という気さえした。

まあ、「ハチ公」が「あの辺り」って事が伝われば、
ハチ公が不在だったとしても、十分に待ち合わせ場所として通じる。

例えば「地獄池」という地名があるとして、
現在そこには池などなく、「ファミリーマート地獄池店」がある。
という状態だったとしよう。
こういう風に、昔は実体があったが今では地名だけが残っている。
というのは、納得のいく由来のいきさつだ。

もしも、60年後くらいの渋谷が何らかの理由で様変わりしたとしても、
「ハチ公前」という地名は、正式な住所として残るだろうな、とおもった。
例えその時代の人がそこで待とうが待つまいが、犬の像があろうが無かろうが。

それにしてもハチ公って、主人の帰りを待ち、かなり待ちぼうけまくっている。
その周りで交わされる
「ごめん待った?」
「いや全然待ってないよ。」
という会話。

相当ムカついてるだろうね。
その上、今じゃケータイがあるから、別に律儀にじっと待つ必要さえない。

もう、なんか、代表して謝りたい。
すんません、ハチ公さん。
今度、骨っ子持っていきます。

心にいつも、蝶ネクタイ

ご機嫌いかがですか。

このブログを新しくしてから4日くらいたちました。
サイトのデザインもこれまでいろいろ試してきましたが、
もう「黄色で行こう、書体とかロゴもこのスタイルで行こう」と、決めました。

それと、この4日間、意識的に新しい試みをしてみた事があります。
文章の雰囲気です。
全体的になれなれしくしてみました。軽薄な感じです。
掲示板やコメントに書き込んでくれた皆さんへの返信も
「なれなれしい仕様」でお返事してみました。

そんな「お試しリニューアル習慣」です。
「なれなれしいキャンペーン」です。

結果、「どれどれ、またやってやがるな。」と、
うちのワイフが、さしずめ野球部のOBのような角度から
このブログを覗き込んだところ、

「何様のつもりだ、この!こわっぱめ!」
と、このなれなれしい仕様にご立腹のご様子。

怒られちゃいましてね。

「心にいつも、蝶ネクタイ。」
という一言を残し、部屋を去り、いま風呂にはいってます。

というわけで、サイトのデザインも決めたし、
文体も、やっぱり今までどおりの雰囲気でいきます。
全体的にスタイルはもう決定っていうことで、やっていきます。

といった、妻への反省文みたいな本日のスパム日記です。

そう、私は、峰竜太。
どうぞよろしく。

パッキン

鼻水は、ずっとあるらしい。
以前、季節の変わり目に風邪をひいたときに思った。

「鼻水が止まらない。鼻水の源泉は何処だ?」

アルプスの雪解けのように上の方で固まってた何かが、
折に触れ、溶け出して鼻の穴から顔を出すのだろうか?
人生の先輩に聞いてみた。すると
『いいかよく聞け。鼻水はな、ここにずっとある!』
と、断言された。"ここ"とは鼻の付け根あたりだ。
なるほど、貯水タンクだ。常に備蓄として鼻水タンクがあり、
風邪等で体が弱ると鼻のゴムパッキンがゆるんで、出ると。
私はこの名言を授かって以来、鼻水と共に生きている。

私 「なに食べましょうか?」
先輩「鍋がいいんじゃねぇ?」
私 「じゃぁチゲ鍋たのみます?」
先輩「うぅん…、なんかちげぇ。」
私 「えー…、今のダジャレですか?」
先輩「あ!バカ、ちげぇよ!っあ!まただ!」

期せずして人はダジャレを口にする。
私の気のせいでなければ、それは年齢を重ねるごとに頻繁になる。
これはオッサンギャグではない。意図的にひねりだしたモノでは
断じてないからだ。むしろダジャレの側から選ばれてしまったか
のようである。不幸の矢が刺さる、そんな心持ちだろう。
やがて人はその矢を恐れ、慎重に言葉を選ぶようになるのだ。

私 「イイ車乗りたいっすねぇ…。」
先輩「あぁ…、車かぁ…。あ!今の違うぞ!クルマcar、じゃねぇぞ!」
私 「え?」
先輩「だから、クルマとカーをかけて、どうだとかじゃないからな!」

もう取り憑かれている。ノイローゼといってもいいかもしれない。
私は失礼を承知で、先輩にこんなことを聞いてみた。
「やっぱ、オッサンになってくるとダジャレって出ちゃうんですか?」
すると先輩はタバコを揉み消し、静かに言った。

『いいかよく聞け。ダジャレはな、ずっとある!』

なるほど。ダジャレもそうか。
歳を重ねるとゴムパッキンがゆるんでくるのか。
そして常にある、備蓄のダジャレタンクから漏れて来る、と。

先輩はその"常にあるダジャレ"と共に生きている。
緊張感のある大人である。

がんばれ!先輩のパッキン!

ボックル

「生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ!」

と、ハムレットの一節からはじめてみました。

さて、鼻がソワソワするときは、決まって鼻毛がそよいでいるものですが、
人知れず、そっとその存在を確認しようと、えいやぁ!と、やってみるも、
まったくの空振りというときが、まま、ある。

存在の不確かなソワソワを気に掛けながら
鼻を、ああでもなく、こうでもなく、と、さすったりつまんだりしていると
やがてその鼻は、真っ赤になりますな。

それでもなお、何かの気配が消えない。
たぶんこれは、鼻の穴に住む、小人とかコロボックルとかの仕業だね。

鼻ボックル。

このへんないきものは、まだ日本にいるのです。たぶん。

チェルノ

もう長い間、治療途中の歯医者に行っていない。
奥歯の神経を取り除いたっきり、行ってない。
さあ、どうなっているのか俺の奥歯。

もう、あれか、ぐずぐずのドロドロの、土砂崩れ的な感じだろうか。

でも、チェルノブイリの放射能に侵され、
もう100年は草一本生えないと見限られたあの森にも
たくましく自然の生命は息を吹き返している。

自然の力!すごいね!
あと、ウコンの力!あれもすごいね!

そんな口内チェルノブイリなわが奥歯も
いつのまにか自然の力でなんとかうまいこと、こう、ね。

ないか。
ないね。

岡田真澄記念日

ジャズ喫茶にジャズを聞きに行くのが好き。
美術館やギャラリーでアートを見るのが好き。
ヨーロッパの映画が好き。

と、素直な自分の趣味をかいてみたところで、
客観的にみて、なんか鼻につくね。

ホテルのバーラウンジや、隠れ家的なビストロも好きなのだが、
いつからこんなにも故・岡田真澄的、なのか?
なんか気持ち悪いね。こんなやつ。

岡田真澄の霊が憑いたか?
でも、あれだね、岡田真澄の霊って、なんか豪華だね
愛車はベントレーって感じね。

そんな言い訳を用意して、君の住む部屋へと急ぐ
といったかんじですが、

でも、
本当の自分をもっと好きになれ!
東京モード学園!
みたいな。

なりたい自分になる!
東京モード学園!
みたいなね。

本気になったら大原!
みたいなね。

専門学校的な、余りに専門学校的な。

もとい、

素直になるのが、今年の目標です。

あなたが「そのままでいい」って言ってくれたから、
6月4日は、岡田真澄記念日。

以上。

ロンパリ渋谷目線

ロンドンとパリを、いっぺんに見る
そんなまなざしを「ロンパリ」という

これ、あれか、差別用語なのかな?
まあいいか。

ロンドンとパリ、
これ、ちょっとわかんないね。

山手線でいうと、渋谷目線で「五反田と日暮里をいっぺんに見る」、
という具合だろうか。

五反田と日暮里。

「ゴタニッポ」、か。
ロンパリ、改め、ゴタニッポ。

もしくは「ゴッポリ」。

クララが、立つ。

たとえばそれが偽善であっても、受け手側にとってはそりゃもうラッキー。
反面、本当の善な行いをしたとしても、押し付けになる場合がある。

結論としては、善悪の天秤は当てにはならんということであるね。

「5円玉を拾って、交番に届けてみる」
という、インスタレーションにも似た行為を、やってみるといい。
その、正しき5円で私が交番までわざわざ行き、おまわりさんが処理をする。
こいつは見ものである。


という事をふまえると、
この夏、ブームは「偽善」である。
効果のある「偽善」が望ましい。

レスポンスがわかりやすいものがいい。

カンボジアに学校が建つ。
とか、
地雷で吹っ飛んだ足に、義足的なものを。
とか、
クララが、立つ。
とか、

そういうのがいい。

さて、さっき酒を飲んできたお釣りの2000円で、
最高のコストパフォーマンスが見込める「偽善」は何かないものだろうか。

2000円で、ワクチンってのは何人分買えるのか?

っつーか、ワクチンっていいね。語感が。

俺:「どうしたの?ワクちん?眠くなっちゃったの?」
ワクちん:「むにゃむにゃ・・もう食べられないよう・・。」
俺:「・・まったく。ワクちんってば、かわいいんだからもう!ぷんぷん!」

といった感じか。





マネマネ

金は天下の回りモノ、なんて申しますが、
今年で30、しっとるけのケ、な、私は、かつて10代や20代だったあの頃の、ある意味潔癖なイノセントワールド・イズ・マインな気分は、すでにもうどっかいっちゃった!のであるからして、当時、頭に飼っていた天使の格好をした「良いカツオ」と、悪魔の格好をした「悪いカツオ」、それと、ふつうの「ナカジマ」が織り成す、言わば三つ巴の聖戦(ジ・アース)の只中に居り、それでいて、結局のところ「サザエ」に耳を引っ張られて、無理やり軟着陸を余儀なくされる。
そういった、残尿感すら禁じえない青春時代に、ようやく幕を引く事が出来そうでR。

そして、金。いや、もっと下世話に俗らしく、「銭(ゼニ)」と言おう。
そう、ゼニなのである。「ゼニ道」である。
もっと言えば「OLゼニ道」であり、「OL忠臣蔵」である。
もとい、
ゼニで買えないものは無い、というのも、あながち本当かもしれまへんで、と。
だとしたらどうだろう、「俺はゼニを肯定する!」と、ひとまず怒鳴ってみる。
そこから、始めようじゃないか。

目指せ!ベントレー!な、ブラザーのように
「メーク・マネマネ、メク・マネマネマネー!」と、ハシャグもよし。である。

ひとつ、考えてみた。

買えない値段ってわけじゃないが、
今まで一度も買ったことが無いものは、なんだろうか?

まず、美術品と女と株、である。

買ったことある人、コメント頂戴。

エクセルで充分

夜の井の頭線。
昨年末のM1王者のサンドウィッチマンのような2人組が同じ車両に乗っていた。
私は座っており、目の前に彼等がつり革にぶら下がるように、だらしなく立っていた。
見るからに堅気ではなさそうな、セカンドバッグがよく似合う彼等。
なんだかちょっと怖いので、うつむいて週刊誌を読んでいた。

「・・そりゃお前、インターネットでアレすりゃいいんだよ。」

右の金髪男がしゃべりだした。
それに左の男が相槌を打つ。

「そっすね。ふつうそうっすよね。」

右「だってお前よ、効率がさ、段違いだろうよ」
左「そりゃそうっすよ、ネットは。」
右「でもよ、考えてみりゃ、インターネットっつても、所詮ウェブだろ?」

どういう事だ。話の内容がまったくつかめない。『インターネットは、所詮ウェブ。』!
なんだこの中身の全く無い話は!一体この先、この話はどう進んでしまうのか。
たとえば、現状彼等の会話は、
『天才少年、っつっても、所詮は子供だろ』
という語法では決して展開してはおらず、
『オリンピックっつたって、所詮、五輪だろ』
というような、わけのわからない混乱状態に差し掛かっているのだ。

ふつうなら、こういう場合「まあ、大変だな。」とか言って、うやむやなムードで会話は終わっていくが、驚いたことに、右の金髪男がこう言った。

「で、お前どう思う?」

続行である。
鉄の心臓だ。この展開に私は身を乗り出した。

左「・・・・うーん。。そうっすねぇ。」

答えに窮している。そりゃそうだ。だってどう見てもおまえ、わかんないだろ!『スイマセン、自分、知ったかぶりでした』って、いっそ謝っちゃえよ!そうすりゃ金髪も『実は俺もサッパリわかんねぇんだわ。』と、和やかで無理の無い雰囲気になるから!もう、大人になれ、左のヤツ!

左「・・うーん、まあ、エクセルで充分っすね。」

エクセルと来たか!
何を言い出すか!左!もうこれ、戻れないぞ!
すると、右の金髪はこうきた。

右「ま、そうだな。」

だって!納得しちゃったよ!

右「でもよ、結局はやる方も人間、受け取るのも人間だからよ・・。」
左「人間力っすね。」

人間力。

そう言って彼等は新代田の駅で降りた。

日本語は便利だ。十五分くらいなら、内容が無くても会話らしきものは出来るのだ。
コミュニケーション不足なんて言われる昨今。こんなに積極的に責めまくる会話を、私は今まで聴いたことが無い。
人間力!

カテゴライズ

冬っすね。

雪国生まれは寒さに強くて我慢強い。
あれ、嘘だね。

私は新潟の生まれですが、寒いの大嫌いだし、我慢もあんましできません。

県民性とかっていうやつ、あれ当たってるのかね?

新潟県、我慢強い
福岡県、情が深い
沖縄県、長生き
千葉県、落花生

カテゴライズってむずかしいね。
みんなーが、とーくべつなー、オーンリーワーン。
っつてね。

カズマサとマサカズ

柿のたねを食べ過ぎて気持ち悪くなっています。

今日観たテレビで、世界の絶景や決定的瞬間を流してるやつがあった。
すごく面白かった。

こういう番組とか、野生の王国的なやつって、面白く感じる時と何も感じない時がある。
面白いぞと感じた時って、なんか、心にゆとりとか愛がある時のような気がするね。
心に愛を。なんて、小田和正っぽいね。もしくは田村正和っぽい。
カズマサとマサカズってややこしいね。おわり。

なんていう名前の曲

小学生の頃、まだCDもMDもmp3も全然無かった頃、お小遣いも無かった頃。
FMとかAMとかから流れる音楽を、いちいちカセットテープに録音していた。
なんだか60年代に青春をすごした世代の人たちみたいな感じだけど、
90年代になっても、そんなふうにして田舎の子供は、世界と、ようやっとつながっていた。

そんな時期に気に入った音楽がたくさんあり、それらのほとんどは、なんて言うジャンルの音楽であり、なんていう名前の曲であり、だれの曲あるか、完璧にとまではいかないけども、あらかた解決していた。

そんな解決済みの音楽は、大人になってから改めて買いなおしたり、いつのまにか手に入れていたりして、「手に入れた」というコレクター的なニュアンスで捉えると、もう自分のものになり、すっかり消費してしまった気がしていた。

今夜、街の交差点で、周りのみんなと同じように赤信号を睨んでいると、こんなに寒いのに窓を開けた車がゆっくりと通り過ぎた。

カーステレオから、あの頃にラジオから録音して、何度も聞いていた音楽が聞こえた。
解決していない音楽だった。
なんていう名前の曲であり、だれの曲あるか。

信号が変わって周りのみんなは動き出して、その車も行ってしまった。

何でも売ってて、何の所在でも検討がつく世の中で、こういう再会があるということがとても素晴らしいことのように思えた。

今もあの曲の正体はわからないままだけど、またいつかこの先どこかで聞こえてくることがあるかもしれないと思うと、歳をとるのも悪くないかな、なんて思った。

自分達の足の下で女たちが壊れていく

最近、お休みの日になると、デパートに良く行く。
パルコや伊勢丹、高島屋にOIOI。

「百貨店」というだけあり、何でもある。
流行を知るには、デパートがいいな。と、つくづく思う。

流行の洋服や雑貨、家具、喰う物。
そこに集まる人々を見るのもまたいい。

小さな街を小粋に歩くのもいいが、ああいった華のある、多少混雑したところもなかなか悪くないと思うのであーる。

デパートは、屋上もいい。
買い物に付き合わされてうんざりしたお父さんや、おむずかりの限界が来てしまった子供達が、空を見ながらお母さんを待っている。

女ってのは、だいたいデパートが好きである。
そしてやがて、協調性を失ってしまったり、金銭感覚の制限が壊れてしまったりするものである。

屋上でソフトクリームをなめながら、父子らは、女達が自分達の足の下で女たちが壊れていくのを想像する。


そんなことをひっくるめても、私はデパートが好きである。

明日の分

日記とは、いかに些細な事であっても毎日書くものだそうですね。
しかし、毎日きちんと書く事は、結構難しいものです。明日書かないかもしれない。明日の私が信用出来ないという事なのです。

というわけで、あらかじめ明日の分を今日書いておきます。

10/27
今日は休日なので、昼まで寝てしまった。
午後に毎週通っている歯医者で奥歯の虫歯を治療した。
夕方、下北沢へ繰り出し、酒を飲む。日が沈む前から強い酒をのんだ。
良い気分になり、通りを歩いていると、道に迷ってしまった。
困った。
野良ネコ一匹いない路地。
寂しくなって、しゃがんで泣いていると、
「大丈夫?」
と、声をかけられた。

顔をあげると、そこにはかの有名な映画俳優、三国連太郎氏が心配そうに立っていた。
後ろには、ご子息の佐藤浩市さんもいた。

彼らは酔った私を、梅ヶ丘の駅まで案内してくれた。
ありがとう。
三国と佐藤!
そんな一日だった。

おしまい

いろいろコーナー
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